1月 27, 2010 0

[interview] CINEMA dub MONKS と「永遠と一日」〜物語をめぐる旅〜 [1]

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【物語の始まり

CINEMA dub MONKS のこれまでのアルバムが一本の長編映画だったとしたら、最新作『永遠と一日』は複数の人物にまつわる情景が描かれたオムニバス映画といえるだろう。

登場するのは、世界中のさまざまな場所で暮らす人々。中年のおばちゃんだったり、若い娘だったり、結婚してなんとなく年をとった夫婦のどちらかだったりと、国籍も年齢も違うけれど、日々の生活を淡々と送っていることはみな同じ。そんな “どこでもいる人々” が人生の合間に見せる “ふとした瞬間” が、 音として紡ぎだされ、 寄り添って旅をするかのように彼らの物語が描かれている。もしかしたら、旅へ出向いたまま、日常へ戻らずじまいの人もいるかもしれない。そこに静寂は、突然訪れる。すると、私たちは、音と音の合間の無の時間によっても、多くのことが語られているのを知るだろう。

曽我大穂 (ピアニカ、フルートなど)、ガンジー西垣 (ウッドベース) の2人が、親密な会話を交わすように、完璧に近い意思疎通を図りながら、演奏世界を表現してきたCINEMA dub MONKS。『永遠と一日』で大きく変わったのは、普段から一緒にライブやセッションなどを重ねてきた8人のゲストが参加していることだ。

曽我大穂 –「今までのダブモンクスって、僕とガンジーさんでコントロールしてきていた。極端にいえば、ふたりともが読んだ小説、例えば、ガルシア・ マルケスの物語にでてくるような、村に大洪水が来るような話しから近づけていったり」

ガンジー西垣 –「二人とも見ている絵は違うけど、だいたい近い。ビターっと一緒ではなかったけれど」

大穂 –「でも、今回はもっと不確定な要素のなかでやる楽しみを追求したかったのかもしれない。自分がまったく予想していないことが起こる状況のなかで。そうしたなかから生まれたものは、これまでのように思い通りの仕上がりではないかもしれないけど、表現の幅は確実に広がって、おもしろいことになっている」

録音のときも、最初に全体像を決め込まなかった。バルセロナ、リスボン、沖縄、奈良、東京など、彼らが暮らし、ライブをした町に滞在したときに作られた音やフレーズの断片からイメージを膨らませ、一緒にやりたい人に声をかけた。

大穂 –「方向性は、やっているうちに見えてくると思っていたんです。まずは、単純に断片はこのメンバーとやりたいという思いから始めていた。集まって音を出して、こんな雰囲気になるんだったら、こういうアレンジにしようとかとやっていく。そうやって出てきた音が、断片のシーンにうまく重なると、 僕の妄想がどんどん進み始めて、“あ、きた!” という瞬間がやってくる。すると、そのあとの構成がどんどんと広がっていくんです」

>> CINEMA dub MONKS と「永遠と一日」〜物語をめぐる旅〜 [2] へ続く
インタビュー/文 : 岡田 KAYA 真由美


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