6月 30, 2011 0

旧い友人、マルセロとコンサートの打ち合わせ。出会った頃の話。

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昨晩、コロンビアの友人マルセロとライブの打ち合わせ。
7月9日、22日にライブをブッキングしてくれる。
彼とは、バンドで初めて訪れた2002年からの古い付き合い。
出会った頃、若い音楽学校生だった。
いや、それも怪しく違法滞在者だったのかもしれない。
今では、バルセロナ1番のサルサバンドを率い、大会場でチューチョ・バルデス( グラミー賞に輝くキューバン・ジャズ ピアニストのマエストロ)を迎え大きな大きなコンサートを開いたりしている。

ドキュメンタリーDVD『うみべの街の話〜リスボンツアー〜』でも触れたが、2002年、薄ら寒い3月、沖縄からバンド4人でたった一本のライブブッキングをたよりに訪れ、スペイン語もうまく話せず住むところも無く、途方に暮れていた僕らに、声をかけ、住む場所や、たくさんの仲間を紹介してくれたのが、このマルセロやサックス奏者クリスチャンを中心とした若いコロンビア人達、そして、美術留学でバルセロナに住んでいる日本人留学生達だった。本当に世話になった。
たくさん迷惑もかけた。毎日朝まで飲み、音楽や美術の話をし、アパートや路上でセッションをし、ライブが決まると必ず観に来てくれて、応援してくれて、、、、、
日本の片隅でひっそりやってた僕らに、バンドが変わる何か大きなきっかけをくれたのが、彼らだった。

あれから9年、
みんなてんでばらばらに。
クリスはどこかのサーカス団の音楽監督。
マルセロはバルセロナに根付き、子供が産まれた。
日本人留学生、ナオト君 ツヨシ君達はバルセロナを離れた。どこにいるんだろう、、。
僕も長年住んだ沖縄を離れ、浅草に。

[追伸]
ガンジーさんはまだ沖縄に住む。
初めて沖縄着いた日から、同じアパートに23年。
引っ越し知らず。
数年前、アパートの下で若い女性に丁寧に挨拶をされたそうだ。
部屋に戻りよくよく考えてみると、
ガンジーさんが住みはじめた頃、アパートの下をよちよち歩いてた大家さんの娘さん。
立派なOLさんになっていたそうだ。
23年。
人が一人育つ長さ。
ガンジーさんは動いていないんだ。。


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